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ハチソン(和記)館

John D. Hutchison and Co. 和記洋行

「和記(ウォーゲイ、Hutchison=ハチソン)」の名は香港で長い歴史を持ち、さまざまな業種に浸透し、数多くの名前と関わってきました。よく耳にする「和記黃埔(ハチソン・ワンポア)」「屈臣氏(ワトソンズ)」「3」「長江和記」のほか、その名を直接冠した「和記電訊」「和記港口」などの事業もあります。ハチソンの歴史は150年を超え、時代ごとに異なる発展を遂げながら、香港に消えることのない影響力を残してきました。

ハチソンと

香港の発展

1877

和記洋行

ハチソンの起源は、1860年に設立された Robert Walker and Co. に遡ります。当時の香港でよく見られた「洋行」(ヨンホン、外国系商社)の一つでした。1877年、英国商人ハチソン氏がこの会社を引き継ぎ、John D. Hutchison and Co.、すなわち和記洋行と改名します。「和記 Hutchison」という名前が、香港のブランド史に長い一章を正式に刻み始めたのです。1920年、ハチソン氏は上海で病没しました。

1960年代

和記國際

第二次世界大戦後、英領香港時代の伝説的人物であり英軍退役陸軍大佐のサー・ジョン・ダグラス・クラーグ(Sir John Douglas Clague、祁德尊爵士)が1947年に和記洋行に入社し、1965年には和記洋行の株式取得を通じて社名を「和記國際」(和記企業有限公司 Hutchison International Limited)と改め、会長に就任しました。

クラーグは和記國際を高度成長の段階へと導きます。1960年代には黃埔船塢(ワンポア・ドック、Hongkong and Whampoa Dock)、屈臣氏(ワトソンズ、Watsons)、倉庫会社の均益倉などを相次いで買収し、全盛期には関連会社300社超を擁して一時は香港最大の地主となりました。当時「怡和(ジャーディン・マセソン)」に次ぐ実力を持つ企業グループであり、「太古(スワイヤー)」「會德豐(ウィーロック)」とともに香港の四大洋行と称されました。

一方、和記國際傘下の販売代理事業は引き続き「和記洋行」の社名で営まれました。この事業は最終的に1989年、「英之傑太平洋(インチケープ・パシフィック)」に売却されて「英和商務」と改名され、数年後にはコンビニエンスストア「サークルK(Circle K)」を運営する利豐(Li & Fung)グループに買収されました。

1975

HSBC、ハチソンを変える

1975年、和記國際が財務危機に陥ったため、「滙豐銀行(HSBC)」が資本を注入して筆頭株主となり、クラーグは辞任を余儀なくされ、ハチソンでの経営に幕を下ろしました。しかし、クラーグ卿が香港に残した影響力はハチソンにとどまりません。邵逸夫(ランラン・ショウ、Run Run Shaw)とともに「無綫電視(TVB)」を開局し、香港初の海底トンネルの建設を提唱し、香港ジョッキークラブの会長を務めたほか、1952年から1981年まで香港房屋協会(Hong Kong Housing Society)の会長も務めました。荃灣(チュンワン)にある「祁德尊新邨」(Clague Garden Estate)は、彼を記念して名付けられた団地です。

1979

和記黃埔

滙豐銀行は和記國際の筆頭株主となった後、W.R.A. Wyllie(韋理)を最高経営責任者に任命し、1977年に「和記國際」と「黃埔船塢」を合併させて「和記黃埔(ハチソン・ワンポア、Hutchison Whampoa)」を設立しました。紅磡(ホンハム)にあった造船所事業は、それに先立つ1972年に太古船塢(タイクー・ドックヤード)と合併して青衣(チンイー)へ移転していました。黃埔船塢の跡地は「和記黃埔」が開発する黃埔新邨と黃埔花園(ワンポア・ガーデン)になり、太古船塢の跡地は今日の太古城(タイクーシン)になりました。

和記黃埔にとって最も重要な出来事は、1979年に李嘉誠(リー・カーシン、Li Ka-shing)が滙豐銀行との間で和黃株式の取得をめぐる秘密交渉を進め、9月25日に合意に達したことでしょう。長江實業(チョンコン、Cheung Kong)が滙豐銀行の保有する和黃株式のすべてを取得し、筆頭株主となったのです。報道によれば、当時の長實の時価総額は約7億香港ドル余りに過ぎず、和黃の時価総額は60億香港ドルを超えていました。

この知らせは香港中を揺るがし、老舗の英国系洋行が当時新興の華人資本の手に落ちた歴史的な出来事と受け止められました。李嘉誠は英国系企業を支配した初の華人となり、1981年には長實が和黃株式の40%超を保有し、李嘉誠が正式に和黃取締役会主席に就任しました。

長實と和黃

1980年、黃埔船塢と和記地產は傘下の経営資源と事業を統合して和記黃埔地產集團(和黃地產集團)を設立し、1982年には最初の「ミニタウン」型開発である香港仔中心(アバディーン・センター)を完成させました。その後、長實と和黃(あわせて「長和系」と呼ばれます)は香港で数多くの不動産プロジェクトを展開しました。住宅では「黃埔花園」「海怡半島(サウス・ホライズンズ)」「嘉湖山莊(キングスウッド・ヴィラズ)」「麗港城(ラグーナ・シティ)」「盈翠半島(ティエラ・ヴェルデ)」など、商業施設では紅磡の「海濱廣場」「海逸酒店(ハーバー・プラザ)」「黃埔新天地」、中環(セントラル)の「中環中心(ザ・センター)」などが挙げられます。

和黃は不動産事業のほかにも、小売、電気通信、港湾、インフラ、エネルギーなどの事業を相次いで開拓しました。数多くの著名ブランドが和黃グループの傘下にあり、李嘉誠が経営権を握る以前から保有していた「香港國際貨櫃碼頭」(HIT、Hongkong International Terminals)や「屈臣氏公司(ワトソンズ)」に加え、1985年には「香港電燈(ホンコン・エレクトリック)」を買収しました。

屈臣氏・百佳・豐澤

小売部門では、屈臣氏公司(ワトソンズ)自体がすでにドラッグストアの「屈臣氏(ワトソンズ)」やスーパーマーケットの「百佳(パークンショップ、PARKnSHOP)」などの事業を有しており、1990年には「豐澤(フォートレス、Fortress)」もワトソンズグループの一員となりました。1998年には「屈臣氏酒窖(ワトソンズ・ワインセラー)」を開設。2002年、百佳は「便利佳」を出店し、その後もさまざまな名前のスーパーマーケットブランドが登場しました。

和記電訊

電気通信では、和黃は1983年以降、香港で「和記電話」「和記傳訊」「和記通訊」「天地線」「Orange」「Everyday PCS」「3」などのブランドを次々と展開しました。1996年には携帯電話、ポケットベル、固定回線の各サービスを統合して「和記電訊(ハチソン・テレコム)」とし、「姿訊咭」を発売しました。現在も香港で5G事業を展開する「3香港(3 Hong Kong)」は、2004年の3Gサービス開始とともに市場に参入したものです。

また、李嘉誠の次男で、和黃において「衛視(スターTV)」プロジェクトの立ち上げに携わった李澤楷(リチャード・リー、Richard Li)は、2000年、李嘉誠とは資本関係のない「盈科數碼動力(パシフィック・センチュリー・サイバーワークス、PCCW)」を通じて香港最大の「香港電訊(Hong Kong Telecom)」を買収し、ハチソンの電気通信事業の直接の競争相手となりました。

ハチソンではない HGC

2017年、和黃は固定回線通信事業を売却しました。新たな企業グループは、和黃から取得した事業を運営するにあたり、英語ブランドとしては Hutchison Global Communications の略称に由来する「HGC」を引き続き使用しましたが、中国語名と英語の正式社名は「環球全域電訊」(HGC Global Communications Limited)に改められました。「HGC」はもはや「和記」とは関係がないにもかかわらず、2020年になっても多くの市民が「HGC環電」の提供する固定回線サービスを「和記」と呼んでいました。

新城・衛視・TOM

メディア分野では、1990年に和黃が香港で2番目の商業ラジオ局の免許を取得し、「新城電台(メトロ放送、Metro Broadcast)」が1991年に放送を開始しました。従来のヒット曲チャンネル(金曲台)は2001年に「新城財經台(メトロファイナンス)」へと改編され、広東語による初の24時間金融情報ラジオ局となりました。

同じ頃、和黃は李嘉誠との共同出資で衛星テレビ事業への投資に参画し、李澤楷が経営の中心を担いました。1991年5月に「衛視(スターTV)」が正式に開局し、1993年にルパート・マードック(Rupert Murdoch)率いるニューズ・コーポレーション(News Corp)へ売却されました。

1999年、和黃は「TOM.COM」を設立し、2000年に香港証券取引所の新興企業向け市場(創業板、GEM)に上場すると、街中で申込みの行列ができるほどのITブームを巻き起こしました。

21世紀に入ると、和黃は電子商取引にも参入します。2000年、B2B すなわち企業間取引のオンライン購買プラットフォームである bigboXX.com を設立。2001年には米国の priceline.com に出資し、その後「Priceline」ブランドでオンライン旅行サービスを展開しました。

長江和記

2015年、長江實業グループと和記黃埔グループは再編を完了し、両グループの事業を統合したうえで、非不動産事業を保有する「長江和記實業有限公司」(CK Hutchison Holdings Limited)を設立しました。不動産事業は「長江實業地產有限公司」が保有することになりました。

「和記」の名は「黃埔」から離れ、正式に「長江」と結び付けられましたが、世間では引き続き李嘉誠傘下の事業群を「長和系」と呼んでいます。「和記」という名前の併合と変遷は、1877年に英国人が香港で営んだ一洋行が、今日、香港に本拠を置き、事業とブランドを世界に広げる多国籍企業へと歩んだ道のりを物語っています。

資料出典:

香港企業併購經典 = Merger & acquisitions

馮邦彥編著

香港增訂版 香港 : 三聯書店香港有限公司 2017

港股經典收購戰

呂志華著

香港 : 明報出版社 1993

香港金融風雲35載

陳景祥主編

天窗出版/信報財經新聞有限公司 2008

香港商戰風雲錄

藍潮著

初版 香港 : 名流出版社 1997

太古之道 : 太古在華一百五十年
鍾寶賢著
香港第一版 香港 : 三聯書店 香港有限公司 2016

承先啟後 : 利豐馮氏邁向110週年 : 一個跨國商貿企業的創迎與超越
馮邦彥著
香港第一版 香港 : 三聯書店香港有限公司 2016

盈動兼併香港電訊
馮邦彥
初版 香港 : 明報出版社有限公司 2000

https://www.ckh.com.hk/tc/about/milestones.php

http://www.hutchison-whampoa.com/tc/about/milestones.php?year=1960

https://www.hit.com.hk/cn/About-Hit/Milestones.html

http://www.etnet.com.hk/www/tc/news/topic_news_detail.php?category=special&newsid=2292

https://www.mpfinance.com/fin/daily2.php?node=1521230304715&issue=20180317

https://www.bbc.com/zhongwen/trad/china/2014/01/140107_runrunshaw_profile

Published in Sep 2020 by Hong Kong Brand Museum 香港品牌博物館

ブランドから見る香港史|010・ハチソン館|忘れられた和記と香港の百年2023-10-27