
香港イケア館

香港のイケア
あまり知られていないことですが、香港のほぼすべての家庭やオフィスには、多かれ少なかれ「イケア(IKEA、宜家家居)」の生活雑貨や家具があります。実は、イケアの香港での歴史は40年を超えるのです。1997年の小売業の低迷、2003年のSARS(沙士)といった浮き沈みを経て、イケアはどのようにして21世紀に頭角を現し、香港の人々の住まいづくりとインテリア文化の一部となったのでしょうか。
北欧風の家具とスウェーデン式のライフスタイルを打ち出したイケア(IKEA)は、小さな家具店で家具をあつらえるという従来の香港の人々の習慣を打ち破り、理想の住まいをつくり上げる十分な自由度と利便性を消費者にもたらしました。
イケアが香港に持ち込んだものは、日常のスナック菓子から、スウェーデンの食文化にまで及びます。イケアのレストランや軽食コーナーで長い時間を過ごした経験を持つ若者は少なくないでしょう。ミートボールを買うための長い行列も、繁華街のイケアの風物詩となっています。
香港人になじみ深い北欧ブランド
「宜家(イーガー)」は、広東語で「今」を意味する「而家」と同音の、いかにも広東語らしい名前を持っていますが、イケア(IKEA)は実のところ世界最大の多国籍家具小売企業です。1943年にスウェーデンの小さな村エルムフルトで創業し、当初はペン、財布、写真立てなどの生活用品の販売が中心でした。
IKEAという名前は、創業者イングヴァル・カンプラード(Ingvar Kamprad)の名前の頭文字(IK)に、生まれ育った土地であるエルムタリード(Elmtaryd)とアグンナリード(Agunnaryd)の頭文字を組み合わせたものです。
イケアの店内にはスウェーデン語があふれ、香港の人々が北欧文化に触れる最も身近な場所と言ってよいほどです。実はIKEAのほかにも、香港には深く人々の心に根づいた北欧ブランドがあります。それが「丹麥藍罐曲奇」(デンマークの「ブルー缶クッキー」、ケルドセンのバタークッキー)です。
同じく1970年代に香港に登場した「藍罐(ブルー缶)」は、より早く、より速やかに香港文化に溶け込み、旧正月や中秋節の贈り物の代名詞となりました。数年ごとに新しいバージョンが放送されるブルー缶クッキーのテレビCMに、深い印象を持つ人も少なくありません。
一見したところ、イケアは香港文化とあまり関係がないように見えますが、それは最初の十数年のブランドポジショニングによるものです。実際には、イケアは香港に進出して以来、香港の人々ならではの思い出を幾度も生み出し、さらに住まいの新しい流行を切り拓いて、北欧のシンプルな要素を取り入れた安らぎの住まいを次々とつくり上げてきました。


ヤッピーのためのIKEA?
今日の香港人にとって、青と黄色のIKEAロゴはすっかりおなじみのものですが、香港市場に参入したばかりの頃、数多くの家具店のなかで足場を固めるのは決して容易ではありませんでした。1975年、デイリーファーム・インターナショナル(牛奶國際)がフランチャイズ方式で「宜家傢俬(イケア家具)」を香港の尖沙咀(チムサーチョイ)に導入し、初のIKEA商品カタログを発行しました。
しかし当時の香港イケアは「ヤッピー(Yuppies)」(中産階級以上の人々)を販売対象とし、小型店舗で中高級品を売る経営方針をとっていました。当初のIKEAの香港での知名度がブルー缶に遠く及ばなかったのも無理はありません。
1970年代の香港の家具は、スチール製のフレームベッドや一体型の木製たんすなどが主流で、当時のイケアの北欧スタイルは一部の人々の関心を集め、ショウ・ブラザーズ(邵氏)の女優・方盈(フォン・イン)もその愛用者の一人でしたが、事業の発展は思わしくありませんでした。
1988年、ジャーディン・マセソン(怡和)は事業の買収後にイケアのポジショニングを転換し、より大衆的な中級市場へと展開しました。イケアは多くの低価格商品を投入したほか、実際の住環境に合わせてデザインを変えたモデルルームを店内に展示し、さらには新居のコンピューター設計サービスまで無料で提供して、以来広く人気を集めるようになりました。
2010年8月23日、「宜家傢俬(イケア家具)」は「宜家家居(イケア・ホームファニシング)」へと改称しました。家具を売るだけでなく、使う人に住まいと暮らしのインスピレーションを届けるというブランドの理念を際立たせるためです。
金融危機のなかでも
揺るがぬ存在
香港のイケアは今日大きな成功を収めていますが、スウェーデン本社は、かつて宜家傢俬の業績に不満を抱いていたことがあります。1994年、香港イケアの経営陣はスウェーデン本社から「イエローカード」を突きつけられました。ブランド調査における10項目の要求すべてで香港の代理店が不合格だったというもので、宣伝用の小冊子を市民の郵便受けに届けられていないことなどが含まれていました。
そこで香港イケアは9か月をかけてIKEAを「一新」し、それまで店舗に置いて顧客が自由に持ち帰るだけだった商品カタログを、大量に印刷して配布しました。これが、香港市民がIKEAを知り始める転機になったと考えられます。
1997年、香港はアジア金融危機に直面しました。危機が発生する直前、イケアはちょうど投資を拡大して沙田(シャティン)に初の大型店舗を開いたばかりでしたが、市民の消費意欲の低迷によって危機に陥りました。
香港イケアは率先して賃金引き下げを提案し、その結果、他の企業が大幅な人員削減を行った1999年の時期にも、全従業員を解雇せずに守ることができました。その後は成長期に入り、香港イケアは銅鑼湾(コーズウェイベイ)、旺角(モンコック、後に九龍湾へ移転)、荃湾(チュンワン)などの各地区に大型店舗と商品受け取りセンターを次々と開設し、後にはオンラインショッピングのサービスも開始して、地元市場に完全に足場を固め、香港の人々の住まいづくり文化の一部となったのです。


「抽水」で切り拓いた
新たな高み
イケアは北欧スタイルの生活用品で香港市場への進出に成功し、香港文化の一部となりましたが、その鍵は「ローカライズ(本土化)」戦略にありました。
消費者は香港のイケア店内で、公共住宅の狭い住まいを再現した実物のコーディネートを見てインスピレーションを得られるだけでなく、そのfacebookページも香港の人々の暮らしにとても近く、語り草となる「抽水(チャウソイ、時事ネタや流行に便乗して笑いを取ること)」投稿が数多く生まれました。
香港イケアのfacebook投稿は、香港の政治環境が変わる以前には、鋭くもあり、香港らしさにも満ちたものでした。いくつか振り返ってみましょう。
周柏豪(パコ・チャウ)のコップのネット名文
歌手の周柏豪(パコ・チャウ、Pakho Chau)はかつて自身のファンページに、割れたガラスのコップの破片を見つめて感じ入ったという文章を投稿し、それがたちまちネットで有名な「潮文(バイラル文)」となりました。イケアはすぐさま自社ページで「抽水」を行い、大勢のネットユーザーの激しい議論を呼びました。
「♬宜家物語♬ 打爛心愛嘅水杯?唔打緊,就換隻新水杯吧!我哋有咁多種類嘅杯,話唔定搵番一隻更啱你嘅水杯添!其實人生係五光十色啊 :)」(大意:お気に入りのコップを割ってしまった?大丈夫、新しいコップに替えましょう!これだけ多くの種類のコップがあるのだから、もっとあなたに合う一つが見つかるかもしれませんよ。人生は色とりどりなのですから :))
Lufsig 「路姆西」?「路福西」?
Lufsig(ルフシグ)は、おばあさんを抱えたオオカミの姿のぬいぐるみです。2013年の施政報告(政策方針演説)諮問集会で、ある人がこのぬいぐるみを香港行政長官に投げつけたことにより、一夜にして有名になりました。その標準中国語(普通話)の訳名が広東語の卑語と同音で、姿かたちも象徴的だったことから、香港のネットユーザーの間で買い占めが起こって一時品切れ状態が続き、ネット上で「路姆西ファン写真展」を開催する人まで現れました。これは香港イケアが「自ら仕掛けた抽水」ではありませんが、この出来事を受けてスウェーデン本社はその後、ぬいぐるみの訳名を正式に「路福西」へと改め、さらに訳名が物議を醸したことについて謝罪する声明まで発表しました。
イケアの有名な「抽水史」には、このほか「食我豆腐」(「私の豆腐を食べて」——広東語では「ちょっかいを出す」の意味にもなる言い回し)への応答や、「改版Mac Pro」広告などがあります。一部の広告は物議を醸したものの、いずれも一世を風靡したネットの話題となりました。イケアのネット宣伝の的確さと創造性は、ブランドの露出度と話題性を長く保つことに成功し、数々の名文句を生み出して、この世代の香港人の「集合的記憶」となっています。
生まれ年のIKEAカタログを探しに
IKEAに関する歴史資料は香港では比較的乏しく、イケアの店内でも、その発展の歩みに関する紹介はほとんど見つかりません。2020年には香港IKEA 45周年の優待キャンペーンが行われたものの、過去に行われたブランドの活動については一言も触れられていません。
その一方で、スウェーデンのイケア博物館のウェブサイトでは、1950年以降の各年のスウェーデン語版カタログを見ることができます。ご自分の生まれた年の家具の流行を知りたい方は、IKEA museumのウェブサイトをご覧ください:
https://ikeamuseum.com/en/ikea-kataloger/
毎年発行されてきたイケア(IKEA)の名物商品カタログも、正式にその歴史的役割を終えました。2020年12月7日、イケアは商品カタログの発行終了を確認し、2020年夏に発行されたカタログが最終号となりました。
資料出典:
https://ikeamuseum.com/en/startpage/
https://newsroom.inter.ikea.com/gallery/history
https://www.ikea.com.hk/zh/campaign/45th-anniversary [アーカイブ]
https://www.facebook.com/IKEAhongkong
與CEO對話 : 駕馭變幻
陳志輝, 冼日明, 謝冠東編著
香港 : 中華書局香港有限公司 2009
世情微痕
江迅著
初版 香港 : 明窗出版社 [2015]
香港電台電視部 - 建立傢俱王國(RTHK テレビ部制作の番組)
https://www.airitilibrary.com/Publication/alDetailedMesh?docid=U0002-0607201102310800#References
Published in Mar 2021 by Hong Kong Brand Museum 香港品牌博物館
