
MTR館
香港鉄路有限公司(MTR Corporation)
鉄道は公営事業でありながら、市民と毎日密接に関わる存在です。そのため、英国や日本をはじめ世界各国の鉄道事業者は、乗客との情緒的なつながりを強め、好感度を高めるために、際立ったブランドイメージを備えています。香港の鉄道運営の歴史は20世紀初頭にさかのぼります。1910年に開業した九広鉄路(英段)は、九龍と広州を結ぶ鉄道のうち英国統治下にあった区間、すなわち尖沙咀(チムサーチョイ)の時計塔から羅湖(ローウー)の境界までを指します。しかし、香港の鉄道会社の「ブランド」が生まれるのは、1970年代末に地下鉄の建設が始まってからのことです。
香港の歴史における鉄道ブランド

1910
香港最古の鉄道ブランド
1910年に開通した九広鉄路(Kowloon–Canton Railway、KCR)は、長らく政府部門である「九広鉄路局」が管理していました。ロゴはあり、時代ごとに車体へ当時の標章が塗られてもいましたが、より本格的なブランド管理が現れるのは、1974年に設立された「地下鉄路公司」——「港鐵(MTR)公司」の前身——を待たなければなりません。地下鉄が1979年に開通して数年後、政府は九広鉄路の電化(電力設備を敷設し、従来のディーゼル列車を電車へ置き換える工事)に合わせて九広鉄路公司を設立し、従来の九広鉄路局に代わって現在の「東鉄線」を管理させました。これ以降、香港には「地鐵」(デイティッ、地下鉄)と「九鐵」(ガウティッ、九広鉄路の略称)という2つの鉄道ブランドが存在することになったのです。
1970s
「搭地下鐵路,話咁快就到」(地下鉄に乗れば、あっという間に到着)
地下鉄のブランドづくりは、開通前からすでに始まっていました。当時、地下鉄工事は多くの市民の生活に影響を及ぼしていたため、開通前から工事現場の囲いには「香港地下鐵,為你而建設」(香港の地下鉄は、あなたのために建設する)という広告スローガンが掲げられていました。のちにこの標語は「地下鐵路,為你而建造」(地下鉄路は、あなたのために造られる)に改められます。「地下鐵」という言葉は日本の趣が強すぎるという意見があったため、宣伝では「地下鐵路」という表現に変えられたのです。
開通後、香港の人々はこれを一般に「地鐵」と呼び、「港鐵(MTR)」の名が登場したあともその呼び方は変わりませんでした。実際、地下鉄システムは世界各地に存在し、「地鐵」はすでに一般名称になっています。港鐵公司と政府は、市民が「地鐵」という一般名称の代わりに「港鐵」という言葉を使うことを望みました。「地鐵」が「九鐵」を呑み込んだという連想を避けるためだという論評もありますが、その効果は芳しくなかったようです。
また、1980年代の中文科(中国語科)の教師たちは、この2つの広告標語を引き合いに出して、中国語の押韻の妙をたびたび説明したものでした。「建設」をそっと「建造」に変えるだけで、「地下鐵」を「地下鐵路」に変えた際に生じる押韻の問題が解決できるのです(広東語では「鐵」と「設」、「路」と「造」がそれぞれ韻を踏みます)。現在も教壇に立つ中文科の教師のなかには、この2つの広告を見たことのない人も多いかもしれません。


1980s
通用儲值票(共通ストアードバリュー乗車券)
当時、地鐵と九鐵という2つのブランドは、はっきりと分かれていました。改札機は相互に通じておらず、九龍塘(クーロントン)駅で乗り換えるには、いったん改札を出てから入り直さなければなりませんでした。「通用儲值票」の「通用(共通)」という言葉は、まさに2つのブランドで共通して使える乗車券であることを物語っています。
当時はまだ「八達通」(オクトパスカード)がなく、地鐵と九鐵はそれぞれ独自の磁気式プラスチック乗車券を使っていました。乗り換え客の便を図るために発売されたのが通用儲值票です。この乗車券には地鐵と九鐵の2つのロゴが印刷され、「通用」という名を付けることで、ブランドの異なる2つの鉄道システムに乗車できることを乗客に伝えていました。1989年には、通用儲值票に「九巴」(KMB、九龍バス)と「城巴」(Citybus)のロゴも加わり、乗り継ぎ客の利便性を高めました。
八達通が登場するまで、ストアードバリュー乗車券は、残額を活かして最後にもう1回乗れる優待の使いこなし方も含めて、香港の人々の生活の一部といえる存在でした。また地鐵と九鐵はさまざまなテーマの記念乗車券をたびたび発売し、市民は競って買い求め、収集しました。これもまた、顧客との結びつきを強めるブランド運営の大切な一環だったのです。
香港の
鉄道ブランド
2007年12月に「港鐵(MTR)」が香港の各鉄道ブランドを統一して以来、すべての鉄道駅では旧「地鐵」のロゴが使われるようになりました。九鐵、軽鉄(ライトレール)、九鐵が運営していた接続バスも例外ではありません。乗換駅や歩行者用案内板に地鐵と九鐵のロゴが並ぶ光景は、もはや見られなくなりました。
港鐵が地鐵のロゴを受け継いだため、九鐵のロゴが付いたものは、たちまち歴史の産物となりました。たとえば東鉄線やライトレールの車両、その周辺の案内板などには、九鐵のロゴが記されていました。九鐵で唯一残ったのは「九広鉄路公司」です。この会社は今も存在していますが、保有していた鉄道資産はすべて専営権(フランチャイズ)の形で港鐵に委ねられて運営されているため、一般の乗客が日常生活で九鐵に触れることは、もうできなくなりました。


九龍車站から紅磡站へ
九鐵時代で最も懐かしまれているのは、「九龍車站」——今日の紅磡(ホンハム)站かもしれません。当時、東鉄線の駅名はすべて「車站」で終わっており、たとえば「九龍塘車站」「旺角車站」などと呼ばれていました。「九龍車站」は九龍—広州間直通列車の終着駅だったため、一貫して「九龍」の名を冠していました。
東鉄線の尖東(チムドン)延伸計画が進み、さらにエアポートエクスプレス(機場快線)にも「九龍站」が設けられることになったため、紅磡體育館(香港コロシアム)の隣にあった九龍車站は1996年に「紅磡車站」と改称され、2007年には港鐵への移管に伴い「紅磡站」となりました。ですから、紅磡にある「九龍車站」の話をする人がいれば、まるで九鐵時代に戻ったかのように聞こえるのです。
香港の外の 港鐵(MTR)
港鐵公司は設立以来、意識的にブランド構築を強化し、香港の外へと打って出ました。40年余りにわたって香港の人々に寄り添ってきた、旧地鐵の形を受け継ぐ港鐵のロゴは、ロンドン、メルボルン、シドニー、ストックホルム、マカオ、北京、杭州、深圳などの地へ輸出されています。
香港の人々がこれらの土地を旅して鉄道に乗る機会があれば、見慣れた地鐵のロゴが異郷に現れていないか、ぜひ目を凝らしてみてください。あわせて、現地の宣伝物や案内板、駅の放送、サービスの流儀などに、どこか懐かしい雰囲気が漂っていないかにも注目してみるとよいでしょう。

香港鉄路博物館

香港鉄路博物館は大埔墟(タイポーホイ)の中心部にあり、面積は6,500平方メートル。旧大埔墟駅の跡地を改装して造られた屋外博物館です。旧駅舎は1913年に建てられた、切妻屋根をもつ中国伝統様式の個性的な建築です。駅舎は1984年に法定古蹟(香港政府指定の史跡)に指定され、修復と展示の再構成を経て、1985年に博物館として一般公開されました。
九広鉄路、九鐵公司、地鐵公司などの歴史をさらに知りたい方は、鉄道博物館バーチャルツアーをご覧ください。お時間のある方は、ぜひ香港鉄路博物館まで足をお運びください。詳細はこちらのウェブサイトをご参照ください:https://www.heritagemuseum.gov.hk/zh_TW/web/hm/museums/railway.html
資料出典:
香港鉄路博物館
《香港舊事重提》江啟明著
《香港歷史散步》丁新豹主編
《香港走過的道路》劉潤和、高添強著
《香港金融風雲35載》陳景祥主編
https://www.mfhk-vt.com/RailwayMuseum/TC/
https://www.kcrc.com/tc/about-kcrc/history.html
https://www.scmp.com/photos/today-photos/2148908/transformation-transport-hong-kong
https://www.hk01.com/article/767351?utm_source=01articlecopy&utm_medium=referral (東鐵過海|1910年通車歷百年變遷 英女王揭幕紅磡站)
https://www.facebook.com/CantoneseMuseum/posts/2615579065118956/ (九廣鐵路英段通車)
https://gwulo.com/node/44836 (Re-starting KCR services after WW2)
https://digitalrepository.lib.hku.hk/
https://www.ourchinastory.com/zh/2972
https://youtu.be/sZ7iWmOd7JA
https://hkrail.fandom.com/wiki/%E5%85%A9%E9%90%B5%E5%90%88%E4%BD%B5 (兩鐵合併)
https://www.facebook.com/VCRBase/photos/a.10153009150396699/10156730496956699/?type=3 (「香港地下鐵,為你而建設」)
https://www.bilibili.com/video/BV1ra4y1W7Wi/ (探古寻源:地下铁路(一))video
https://www.hkmemory.hk/ [アーカイブ]
Creativecommons.org (KCR photo credits: foundin_a_attic, [アーカイブ] under [アーカイブ] CC BY 2.0) [アーカイブ]
https://endlesssummerihara.wixsite.com/diffangleshk/single-post/2015/08/28/%E6%B7%BA%E8%AB%87%E5%9C%B0%E9%90%B5logo
https://blog.justfont.com/2015/04/kp-check-this-out/
https://www.mtr.com.hk/ch/corporate/consultancy/railwayoperation.html
<../pdfs/mtr-business-overview-c.pdf>
https://hk.on.cc/hk/bkn/cnt/lifestyle/20190319/bkn-20190319213025571-
Published in Sep 2020 by Hong Kong Brand Museum 香港品牌博物館