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香港日清館

香港の日清

「今夜はうちで日本のものを食べようか!(今晚不如響屋企食日本嘢!)」お父さんがそう言うと、子どもたちは飛び上がって喜びました。30年前の香港には Don Don Donki(ドン・ドン・ドンキ、日系ディスカウントストア)はまだなく、香ばしいごま油味の「出前一丁」を特別に食べさせてもらえるだけで、数日は余韻に浸れたものです。以来数十年、出前一丁は香港の人々に愛されるインスタント食品となり、給料日前の勤め人を救う「糧尾救星(給料日前の救世主)」として欠かせない存在に。その地位は、まさに向かうところ敵「麺」なし、といったところでしょうか。

「出前一丁」と「合味道(カップヌードル)」が日本から来たインスタント麺で、その親会社が日本の「日清食品」であることは、みなさんよくご存じのことでしょう。

しかし香港の年配世代は、インスタント麺の総称として、出前一丁ではなく「公仔麵(ゴンジャイミン、ドールヌードル)」という呼び名を好んで使います。実は、この公仔麵という香港人が生み出したインスタント麺ブランドの親会社「永南食品(ウィナー・フード・プロダクツ)」は、1989年にはすでに日清に買収されていました。さらに2012年、日清は台湾の「統一企業」から、香港人におなじみのもうひとつの麺「福字麵」を買収し、以来、幾世代もの香港人のインスタント麺への思い入れを、ほぼすべて傘下に収めることになりました。

日清は香港で、実に多くの香港人とともに成長してきました。2017年には日本の日清が香港・中国事業を分離し、香港で独立上場させています。香港に長年根を下ろした日清は、香港ならではの味の出前一丁を数多く開発し、ブランドの派生ラインも広げ続けてきました。「香港版出前一丁」は海外にも販売され、多くの香港人の郷愁を癒やしています。

「インスタントラーメンの父」の長年の歩み

「インスタントラーメンの父」と呼ばれる安藤百福は、本名を呉百福という台湾出身の人物です。第二次世界大戦後、貧しさのために餓死していく多くの日本人の姿に深く心を動かされ、しだいに「食足世平」――人々が食に満ち足りてこそ、世界は平和になる――という理念を育んでいきました。1958年、世界初のインスタント麺「チキンラーメン」を発明し、「日清食品株式会社」を設立。以来、世界各地で日清に倣ってさまざまなインスタント麺が次々と生まれ、世界の食文化をも変えていきました。

安藤氏はその後、1971年にカップ麺「合味道」(カップヌードル)を発明し、94歳で亡くなる直前まで、宇宙食ラーメン Space Ram(スペース・ラム)の開発にも取り組みました。

日清は1968年に日本で「出前一丁」を発売し、1969年には早くも香港に導入して販売を始めました。同じ年、紡績工場を営む実業家・周文軒が香港に技術を導入して工場を設け、「公仔麵」の生産を始めると、たちまち大人気となって人々の心に深く根づきました。そのため今でも多くの香港人は、出前一丁を含むあらゆるインスタント麺を「公仔麵」と呼ぶ習慣を持っています。

日清は1971年にカップ麺「合味道」を発売し、インスタント麺に新たなカテゴリーが加わりました。当時の日清最大のライバルで、香港市場の王者だった公仔麵が「公仔碗麵(どんぶり型カップ麺)」を発売したのは、ようやく1983年のことです。日清と公仔の競争は、1989年、激しい値下げ合戦の末に、日清による買収という形で転機を迎えました。

香港の 食文化をかたちづくる

出前一丁の香港上陸から15年後の1984年、日本の日清は「香港日清食品有限公司」を設立し、 1985年には大埔(タイポー)に設けた最初の工場で生産と製品開発を始めました。

1989年、日清は「公仔」などのブランドを持つメーカー永南食品を買収しましたが、公仔ブランドは独立したまま運営を続けさせました。今日でも香港日清のウェブサイトに並ぶのは「出前一丁」「合味道」「福」の各ブランドだけで、「公仔」と「出前一丁」が同じ企業のブランドであることを、ことさらに宣伝してはいません。

一方、日清傘下の永南は、改良版の公仔點心(ゴンジャイ・ディムサム、公仔ブランドの点心)の開発や、麺以外の事業の拡大に積極的に取り組みました。日清もまた、スパイシーシーフード味(香辣海鮮味)カップ麺、即席ビーフン、即席糖水(トンスイ、甘いデザートスープ)など、香港人の口に合う製品を開発し続けています。

この数十年、日清傘下の製品はひとつの世代の香港人の食文化をかたちづくってきました。日清の製品を口にしたことのない香港人は、ほとんどいないのではないでしょうか。近年、日本や韓国のブームが香港で高まってからも、日清の各製品ラインは香港人の好みに寄り添い続けています。

インスタント麺は節約のための食べ物?

日清の公式サイトによれば、安藤百福は夫人が天ぷらを揚げる様子を見てひらめきを得て、麺を油で揚げる可能性を研究し続け、日清のチキンラーメンの開発に成功したといいます。これが、今日みなさんがスーパーで見かける「日清元祖雞汁泡麵」(香港で販売されているチキンラーメン)の前身です。ただしインターネット上には別の説も流れています。当時、台湾人の張國文が先に特許を出願し、のちに2,300万円で特許権を安藤百福に譲渡したというもので、さらには日清の設立以前から、中国や日本の各地に類似のインスタント麺がすでに存在していたという説さえあります。

いずれにせよ、日清がチキンラーメンを発売した当初の価格は35円。これは当時、街角の屋台で煮るうどんの6倍にあたり、インスタント麺は実のところ「お金持ち」の食べ物だったのです。しかしチキンラーメンの登場後、多くのメーカーが日清に倣ってさまざまなインスタント麺を売り出しました。品質はまちまちでしたが、その結果、価格は一気に下がっていきました。

香港人が抱く「インスタント麺は安くてお得」というイメージは、公仔麵の宣伝と、その後の出前一丁との価格競争に由来すると考えられます。1968年、紡績業の大立者・周文軒は、淘大食品(アモイ・フード)に勤めていた王清熙とともに「永南食品有限公司」を設立しました。当時、日本のインスタント麺の勢いは並ぶものがなく、中国系の人々にはもともと麺食の習慣があったことから、王清熙が日本の製麺工場を見学して技術を学び取ったのち、周文軒が香港への技術導入を決断。「公仔麵」ブランドを立ち上げ、パッケージに人形(広東語で「公仔」)の絵柄をあしらったインスタント麺を生産しました。

公仔麵は当初、周文軒の紡績事業が入る工業ビルの購買部で売られていただけでしたが、発売するや評判となり、市民に広く愛されました。公仔麵はさらに積極的な宣伝で知名度を高めていきます。公共住宅団地(公共屋邨)で公仔麵を配布し、庶民の暮らしをささやかに支えることもそのひとつでした。1968年には、公仔麵はテレビの看板番組《歡樂今宵》(TVBの長寿バラエティ番組)に半年連続で協賛し、一般の人々は毎晩テレビで公仔麵を目にしました。年配の方なら「公仔麵掘金比賽(公仔麵の宝掘りコンテスト)」を覚えているかもしれません。

こうして公仔麵はインスタント麺の代名詞となっただけでなく、「安くて良い品」というイメージを打ち立てました。日本で「元祖雞汁泡麵」(チキンラーメン)が発売された当初の高価格ぶりとは、まさに対照的です。

香港人の インスタント麺への思い

1960年代から、日清はインスタント麺を国際市場へ積極的に売り込み、韓国、台湾、香港などへそれぞれ製品を展開しました。1985年に大埔の第一工場が稼働してからは、香港人に愛される即席食品の生産と買収を通じて、ひとつの世代の香港人の集合的記憶をつくり上げてきました。

香港日清は、その名のとおり香港人の「味道(味)」に「合」うブランドであろうと努力を重ね、「世界合味道總選舉(世界のカップヌードル総選挙)」では「スパイシーシーフード味」が香港代表として見事優勝を果たしました。これを受けて日本の日清は2016年、日本でも「スパイシーシーフード味」カップヌードルを発売しています。

ただし日清のウェブサイトには、日本と香港で販売される合味道「スパイシーシーフード味」の製品仕様には違いがあると明記されています。さらに、香港で売られているスパイシーシーフード味の合味道は「香港製造」ではなく中国での生産であり、逆に台湾で売られるカップ麺のほうが香港製だと気づいたネットユーザーもいました。

日清は2016年、メディアの取材に対し、香港で販売される香港製の合味道は2種類の味だけだと回答しています。近年、香港の人々は原産地を非常に重視するようになり、「香港版」「日本版」「中国生産版」の出前一丁ごま油味(麻油味)の違いを特集報道する媒体も少なくありません。

コロナ禍のあいだ、Donki(ドンキ)旋風が香港を席巻し、香港の日系スーパーは大盛況となって、「日本版出前一丁」は香港人の新たなお気に入りになりました。香港日清も負けじと「北海道小麦粉」使用の出前一丁を発売。そのパッケージは日本版と95%そっくりで、日本テイストを存分に打ち出して香港人の好みに応えました。

一方、伝統の「香港版出前一丁」は今も香港で製造されており、海外に暮らす香港人の心のよりどころにもなっています。コロナ禍で国際旅行が凍りついた時期には、世界各地の香港人がSNSで、現地で「出前一丁」を食べる様子を分かち合いました。出前一丁が香港文化のきわめて深い一部分になっていることの、何よりの証しといえるでしょう。

合味道紀念館(カップヌードルミュージアム)

尖沙咀(チムサーチョイ)の中港城(チャイナ・ホンコン・シティ)にある合味道紀念館には、さまざまなワークショップと、安藤百福を紹介する展示館があります。日清とインスタント麺の歴史に関心のある方は、公式サイトもご覧ください:https://www.cupnoodles-museum.com.hk

合味道紀念館

所在地:

九龍尖沙咀廣東道33号 中港城2階26-35号

開館時間:

月・火・木・金曜日: 午前11:15 -午後7:15

土・日曜日、祝日:午前11:15 -午後8:15

水曜日:休館日 (水曜日が祝日の場合は、その翌日が休館となります)

資料出典:

香港電台(RTHK)《香港故事》「速食速決」

《李雪廬回憶錄》(李雪廬回想録)李雪盧著
三聯書店(香港)有限公司 2010年12月

https://www.cupnoodles-museum.com.hk

https://www.doll.com.hk/tc/about/history.php

https://www.nissinfoods.com.hk/tch/history

https://www.nissingroup.com.hk/wp-content/uploads/2021/04/C20124135-Nissin-AR-.pdf [アーカイブ]

https://www.nissinfoods.com.hk/eng/news/2016/press-release-2016-10

https://www.nissinfoods.com.hk/tch/news/cupnoodles-museum-hong-kong-by-nissin-foods-set-for-launch

https://tw.appledaily.com/headline/20070224/N75RRHDJMDTJ5Y6EO4I6OJ6B4M/

https://www.am730.com.hk/news/旅遊.飲食/出前一丁北海道小麥粉麻油味新登場-233887

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【港式食品】將公仔麵引入香港的兩個人

https://www.facebook.com/111511287316298/posts/163547432112683/

https://australiaworkingholidaydayandnight.wordpress.com/2019/03/01/澳洲超市/

2021年10月 香港品牌博物館 Hong Kong Brand Museum 発行

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品牌博物館 027・香港日清館|出前一丁は「公仔麵」なのか?日清の香港ストーリー2024-02-23